歴史ぶらり1人旅

歴史好きのかっくんです。歴史スポットを一人気ままに探訪します。

<奈良県 歴史探訪1> 日本三大山城 高取城が凄かったよ!(3)

こんにちは-、rekikakkunです。

奈良歴史探訪の高取城最終回(3回目)です。

 

前回本丸中心部を探索しましたが、

これだけの大城郭にもかかわらず、

高取藩石高は2万5千石とのことです。

地元の方々のお話では、その維持には

だいぶ苦労したと伝わってると言ってました。

 

さて高取城を下ります。

往路は壺坂口から来ましたが、

復路は二ノ門方面(大手登城道)

から壺阪山駅まで下ります。

 

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高取城二ノ門方面拡大図
(㉕から番号順に㉞まで進みます)

~(6)大手門から矢場門~

  ㉕大手門

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(写真48)大手門を下る

 ㉖大手門を下った分岐点

  写真手前大手門から降りて、正面をそのまま

     進むと、千早門に進み、二の門、途中国見櫓を

  経て、壺坂山駅方面に向かいます。

  写真左の石垣の方に曲がると、最初に来た壺坂口です。

 (壺坂口からも、壺阪山駅に辿り着けます)

  今回は千早門方向、写真49を真っすぐに進みます。

  この大手道で、これから門跡が沢山出ますよ。

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(写真49) 大手門を下った分岐点

 ㉗千早門跡

  上記分岐点を進むと、すぐに千早門が見えました。

  ここから主郭部を離れ、人と会わなくなっていき

  ましたが、すぐに千早門が分かり安心しました。   

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(写真50)千早門跡


   ㉘宇陀門跡 

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(写真51)宇陀門跡

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(写真52)宇陀門跡を降りる

 

  ㉙松ノ門跡

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(写真53)松ノ門跡(ここの門が移築され城下に残ってます)

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(写真54)松の門跡を下る
(石垣が沢山崩れ落ちています)

   ㉚矢場門跡

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(写真55)矢場門跡

 

~(7)国見櫓~

  矢場門を過ぎるとずぐに、来た道(本丸方向)と二の門

  方面と国見櫓への3方向分岐点になります。

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(写真56)国見櫓への分岐点

  

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(写真57)分岐点から国見櫓へ進みます

  そうしますと、ほら、この眺望😊😊😊

  奈良盆地の南側が一望出来ますねー。

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(写真58)国見櫓からの眺望(全体)

  写真をいくつか添えてご説明しますね。   

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(写真59)国見櫓からの眺望説明図

   まずは大阪の街を2.9倍に拡大撮影してみますと

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(写真60)大阪市街地 拡大1

   うっすら中心部に市街地が見えてきました。

   左側の2つの盛り上がりが特徴的な二子山、

   右側は少し切れてますが信貴山

   その間の山が低くて大阪市街地が見えてます。

 

   そして4.4倍まで拡大してみますと、

   あべのハルカス及び大阪ビル群が

   はっきりと分かりました。

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(写真61)大阪市街拡大2

  

   そして次は今回の主目的である大和三山

   確認してみます。

   特徴的な形ではっきり分かる畝傍山を撮影しました。

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(写真63)畝傍山 
(右ちょっと上方向が奈良になります)

  大和三山を撮る為にもう少し右側を撮影します。

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(写真64)高取城国見櫓から見た大和三山藤原京

   694年、持統天皇時代に成立し、日本で

   初めて本格的な都、藤原京大和三山

   囲われる形で造営されているのが

   はっきり分かりますよね~~~。(⌒∇⌒)

   この高取城からの眺望によって、藤原京

   大和三山の位置関係が分かり易く私の頭の中に

   インプットされ、5日間に渡る

   奈良の旅がし易くなりましたです。

   ・・・といいつつ翌日調子こいて道に

   迷うことになりましたが(-_-;)

   でも奈良の歴史の入口に入れた気がして

   一番の感動でした(⌒∇⌒) 

  

   国見櫓に備え付けてありました案内看板を載せます。

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(写真65)国見櫓の案内掲示

  

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眺望おまけ(写りが良いので)

 

(8)二ノ門から一升坂

  ㉜二ノ門跡  

   さて国見櫓から下山を再開しますが、

   その後も石垣と共に下る感じです。

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(写真66)国見櫓と2ノ門の間の登城道、石垣

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(写真67)国見櫓と二ノ門の間の石垣

   そして主郭部を出て一番迫力があるのが

   二ノ門跡になります。

   ここから山側が城内と呼ばれているそうです。

   また二ノ門の前には山城にはめずらしいとされる

   水堀もあります。

   高取川の源流の一つの様です。 

   縄張りとしては上手く水源を利用したな~。    

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(写真68)二ノ門跡

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(写真69)二ノ門石垣

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(写真70)水堀と二ノ門石垣

   ㉝猿石

    二ノ門から少し下ると直ぐに猿石があります。

    石垣に転用するため、飛鳥から運ばれたとの

    伝承があります。 

    下の写真の正面の道を行くと飛鳥方面になります。 

    私は写真左脇の道で壺坂山駅方面に向かいます。  

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(写真71)猿石

   猿石を出ますと、城外域ということですが、

   まだまだ見所が御座います。

  (私の見落としも多いと思いますが・・・)

 

   ㉞一升坂

    大手道であるこの坂を通って城内へ物資や登城等で

    馬や駕籠が行き交っておりさぞかしにぎやかだった

    のでしょう。

    ただしやはり比高差日本一である山城、

    急坂で大変なため、人夫に米一升を加増した

    ことのいわれだそうです。    

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(写真72)一升坂

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(写真73)一升坂2

   こりゃたまらんな~( ;∀;)

   確かに私が下るとき、登ってくる方の

   あいさつは皆ハアハア言ってました(*´Д`)

~(10)一升坂から土佐街道
    ここからは地図には載ってませんが、ポイントと

    感じたところをご紹介いたします。

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(写真75)木橋
(ここは確かに木橋を外すと通れなくなりますな~)

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(写真76)七曲り1

 

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(写真77)七曲り2

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(写真78)七曲り3

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(写真79)七曲り4

   写真79はだいぶ広い地図ですが、地図内赤い字の

   「現在地」を今、左の方向へ赤線を進んでいます。

   ここを降りると、やっと人里の雰囲気に

   なっていきます。

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(写真80)黒門跡
(写真進行方向が山登り方向)

   案内板によると、この周辺は別所郭といわれ、

   植村家の菩提寺宗泉寺を中心に曲輪が

   点在してました。

   ここの黒門から登山道になっていきます。

   ここから本丸まで1,836m、壺阪山駅まで

   2,937mとのことです。どっちも大変だわねー。

   この脇には車が3~4台停めるスペースがあります。

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(写真81)黒門へ登る道

  もし車でないと、これ登るんだねー、

  山道まで到着してないのに( ;∀;)
  私は降りる方なので良かった。

 

  ちょっと下りますが砂防公園のところです。

  宗泉寺760m、高取城2.1km、

  壺坂山駅2.3km。

  距離的にはまだ半分かー。

  ただしここから登る方が当然大変よ。

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(写真82)上子島砂防公園脇の標識

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(写真83)途中に掲示されてた高取城想定図
(拡大してくださいませ。なかなか壮観です。
ただ、木がこんなにあったら火責めで城燃えちゃうねー)

   

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(写真84)植村家長屋門

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(写真85)植村家長屋門案内板

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(写真86)移築された松ノ門

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(写真87)土佐街道と夢創館

   土佐街道、名前の由来が6世紀大和朝廷

   からの賦役命令で、土佐の国(高知県)から

   召し出された人が住み着いたとのことです。

   そして江戸時代には500軒もの商家、町屋が

   連なってたとか。

   そんな戦国時代からはるか昔から

   繋がってるとは(・□・;)

   歴史の繋がりを感じますね~。

 

   そして、ここに戻ってきたのが14:30。

   来た時は10:30でしたので丁度4時間ですね。

   登りはタクシーでしたが(-_-;)

   観光所の管理人さんが明るく待ってくれてました。

   ありがとー、としみじみ感謝です。

 

   さて16:00過ぎに宿泊拠点の大和八木駅

   到着しました。

   ほとんど登ってないのに、今回奈良探訪で一番

   足が疲れました。ちょっと距離がありましたね。

 

   宿で一服し、混む前に夕食を済ませようと、

   まだ駅周辺が分からないので、近鉄百貨店の

   レストラン街で、本旅行一番の高価なお食事を

   させていただきました。

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(写真86)焼肉屋さん(初めての一人しゃぶしゃぶですー)

  

   これで高取城探訪はおしまいです。

   少しでもこのお城の凄さが感じて頂けたら幸いです。

   実際まだ見てない所もあるし、めったに来れないから

   最終日にもう1回行こうとおもいました。

   (が、雨でいけませんでしたが・・・_| ̄|○

   そういった意味では初日強行軍でも最高の天気で

   高取城に来ておいて良かったと思いました。

 

   さて先は長いので次は、ちょっと足のケアーの為、

   一切山は登らず、レンタサイクリングで大和三山

   藤原京巡りと、ここに宿泊した利点をがっぽり頂こう

   とおもってます。

   しかし、結局行好奇心で山のぼってしまった(-_-;)

   ・・・次のお話。   

   ご高覧ありがとうございましたm(__)m