こんにちは、rekikakkunです。
有名な安土城に行ってきました。
学術的な事は分からないので、
写真を中心に載せていきますね~。
宿泊しました。
見れました。
部屋から目的地が直接見えると、来たんだな~
と感じますよねー(⌒∇⌒)
因みにホテルは「グリーンホテルyes近江八幡さん」。
15:00から(つまりチェックイン)から、
朝食会場でドリンク、ワインを無料提供してたり、
大浴場もあったりで大満足でした。
さて、宿泊地の近江八幡から車で10分も
かからない位。
安土城到着前に、せっかく時間あるので
撮影しました。
さあ、安土城駐車場で車を降りて、
お城に向かいます。
駐車場からすぐ、行幸用に備えられたと推定
される平虎口が3か所ありました。
京都内裏の1辺3門と合わせたとのことです。
そして入城手続きし、直ぐに大手道です。
大手道を登ってすぐ左手には「伝羽柴秀吉邸跡」
があります。
秀吉邸跡はぐるりと回れるんですねー。
ここだけでも結構なボリューム感。
石垣の脇道を歩けてうれしいです。
さて、大手道に戻り、登っていきます。
少しくねくねを越えると、
黒金門を過ぎると・・・、
安土城はそのほとんどが積み直し
されている石垣とのことですが、
信長時代の石垣とされている二の丸の
石垣が現れました。
なかなかの迫力です。
上の写真を見ると確かに当時の石垣に見えます。
階段を上り、二の丸に入ってきました。
上の写真の左手が多分二の丸東溜り。
この石垣の手前から礎石、焼け跡が見つかり、
本丸天守に接続された舞台の様な遺構で、
信長が姿を現していたかもしれない様です。
確かに城下町の方向ですねー。
この本丸跡には建物礎石が残っていて、天皇の御殿と
同じ建物基礎だったとのことです。
天皇を迎えようとしたのか?
天守から御殿を見下ろそうとしたのか?
その議論は他に方に任せて・・・///
さていよいよ天守閣跡に向かいます。
下の天守閣説明板を見ると、上写真の礎石部は
今見ているこの礎石部の2倍の大きさとのこと。
ほぼ日本初めての本格石垣城郭としては、
嘘みたいに大きいですねー(@_@;)
天守閣は礎石部の周辺を歩くことが
出来るんですねー。
土台を歩くと色々景色が見れましたので、
載せますね。
すいません、時間が経ってどの方向か
分からなくなってました。
ざっくりは北の方向なので、
琵琶湖及び干拓地方向と思います。
当時は天守から琵琶湖を一望できますね。
日本最初の本格天守は完成から3年後の
6月14日から15日にかけて短い命で
焼失してしまいました。
何故焼失したのか?
あほな信雄がという話もありましたが、
燃えて一番得する人は?
これから天下を取るうえで、
前覇者の威光は不要。
だが自分で主君の城を燃やした事
には出来ない。
6月13日山崎の合戦で勝利し、
6月14日から燃えた。
となればただ一人。
私の推察です(笑)
次も安土城続きます。
ご高覧ありがとうございました。